
ニューアルバム『HAPPY』をGrand Galleryからリリースしたsaiko。
前編に引きつづき、アメリカ在住時代の生活やアクセサリーのデザイン、そして彼女のヒトとナリに迫ったインタビューの後編。
構成=Kaneko Hideshi
─アメリカにはどのくらいいらっしゃっていたんですか?
2歳から18歳まで。そのあとは日本に帰って来たのですが、都内とか神奈川とか、関東圏内を点々と引っ越ししていました。
─アメリカはどちらにいらっしゃったのですか?
西も東も真ん中も、都会も田舎も全部いました。
本当に引っ越しばかりしていた家なんです。
─アメリカ時代の思い出はありますか?
─音楽に関わりを持ちはじめたのはいつぐらいのときなんですか?
もともと音楽は好きだったんですけれど、自分が表に出たりとかはなくて、ただのリスナーでした。歌いはじめたのは日本に帰ってきてからです。仲が良かったヒトに"M-Swift"の(松下)昇平を紹介されて、それが12年くらい前かな──。彼に誘われてフィーチャリングで歌っていたら、たまたまCDをGOKUが聴いていて、それでcargoに誘われたんですよ。それまではたまに歌ったり、DJをしたりしていましたね。
─最初は歌うことを仕事にしようとは思ってはいなかった?
全然なかったですね。いやあったのかな? 覚えていないです。
ノリでココまで来ちゃったという感じなんですよ(笑)。
─でも、DJとかをするコト自体は好きだったんですよね?
DJというよりは、本当に音楽が好きなんですよ。朝から晩まで音楽を聴いている時期ってあるじゃないですか?大学の頃は、流行の音楽を一通り聴いて、いつも渋谷近辺にいて──。バイトのお金はクラブかレコードかCDに消えてしまう、そんな時期でしたね。DJは、当時表参道にあったカフェでDJを募集していて、MIXテープを送ったら採用されたのでそれでやっていたんです。
─DJのときは、どんな音楽をかけていたのですか?
Calmとかレーベルの"Revirth"とか、キレイなオーガニックな感じです。
もともとはドラムンベースがすごく好きで、そこからアブストラクトに行ったんですよ。だから、Kenseiさんとか、SANCHEさんとか、NUMBさんとか、Kenseiさん一派の方の追っかけをしていて。。。ドイツの~scapeのpole(ポール)とかあの辺のドープなものとか、あとプチプチいっているような音響系も好きでしたね。当時、poleがFat John(ファット・ジョン)とコラボレーションした曲があって、それがヒップホップとアブストラクトの融合みたいな音楽ですごくカッコ良かったんです。その流れでJazzysport系のジャジーなヒップホップにもハマって、聴いたりしていました。でも、プチプチの音響系は、カフェではあまり受けなかったです(笑)。
─カフェは難しいですよね。ドラムンベースはいつくらいから聴き始めたのですか?
ドラムンベースはアメリカにいたとき、95年くらいにジャングルが流行っていて、レイブとかで聴いていたんです。あと、高校の頃とかはUKのオルタナロックが流行っていて、レディオヘッドとかビョーク、オアシスとかも聴いていましたよ。わたし、こだわりが全然無いんですよ。何でも聴くし、超ミーハーです(笑)。
─いまはどんな音楽が好きなんですか?
いまは井出(靖)さんのレーベル"Grand Gallery"から出ている、ジャック・ジョンソンのカヴァーものとか、あの辺りが好きですね。(トミー・)ゲレロもスゴく好きで、一時期は追っかけをしていたんですよ。ゲレロがデザインしたスケボーとかも持っているし、サマソニで"ジェット・ ブラック・クレヨン"で来日したときも全然ヒトがいなかったのですが、ひとりで盛り上がっちゃって(笑)──。でも、その時はこんなに流行ると思わなかったですね。夏は、やっぱり夏っぽい音楽が好きです。
でもわたし、テレビッ子なので、じつはあまり音楽を聴かないんですよ。音楽は、いつも『カウントダウンTV』とか観て、チェックしている感じなんです(笑)。もちろんクラブっぽい音楽も、音源をいただいたりするので聴きますけれどね。
─ジャンル広く聴く感じですかね?
そうですね。でも、歳のせいか、最近は昔の音楽がいいな、と。
さんざん聴いてしまうと、新しい音楽ってないじゃないですか? もちろん、最近の音楽もカッコイイとは思うんですけれどね。今更ながら、なんでドラムンベースが流行らないんだろうとか思うんですよ。
リップスライムもドラムンベースのビートとかを使っているし、m-floさんもやっているけれど、あまりジャンル化されていないというか。以前、4HEROが日本に来たときに行ったんですが、4ツ打ちとかブラジリアンばかりでガッカリしちゃいました。
─アクセサリーのデザインはいつぐらいから始めたのですか?
大学を卒業してすぐに友達とふたりで原宿で小さな古着屋さんをオープンさせたんです。
自分たちで買い付けてきた古着とドメスティックなデザイナーさんの服とかを売っていたんですけれど。そのときは、わたしが23歳で、相方が25歳。そんなコドモがいきなりノリでお店を開いちゃって、なんの宣伝もしなかったので、、、それは暇じゃないですか(笑)。あまりにも暇すぎて、アクセサリーをつくり始めたんです(笑)。
相方がもともとアクセサリーをつくっていたりしていて、彼女に教わったんですけれどね。で、つくったものをお店に置いて、売ったりしていたんです。そのうちそっちの方が楽しくなっちゃったんですよね。それにお互いが別のことで忙しくなってしまったので、お店は3年くらいで閉めてしまったんです。お互い独立して、ワタシはアクセサリーのデザインと卸しを中心にやっていて、彼女はいまはスタイリストをやっていて、ワタシのデザインしたアクセサリーを使ってもらったりしているんですよ。
─デザインをするときに、インスピレーションを受けるものはありますか?
むかしから好きなもののテイストが変わっていないくて、キャシャで女の子っぽいものではなく、とにかく大きくて目立つものが好きなんです。オシャレなヒトだとピアスとネックレスとブレスとってうまくコーディネイトできるんですけれど、それはわたしでも難しいし──。一個つけるだけでハイ完成!みたいなのがすごく好きなので、そういうものを目指してつくっていますね。
いま、"STELLA CIFFON(ステラシフォン)"というブランドのアクセサリーのデザインをやっているのですが、そこの社長は、もともとワタシが原宿でお店をやっていたときのお客さんだったんですよ。お店を辞めてから3年くらいして、「新しく立ち上げたブランドのアクセサリーデザインをやって欲しい」って突然電話が掛かってきたんです。それでそこのデザインに関わり始めることになったんです。もう3年目かな。
でも、独自でやっているブランドと"STELLA CIFFON"でやっているものとは、けっこうテイストが違っていて、独自の方はエッジがきいている感じ、"STELLA CIFFON"の方は女性的なブランドなんです。なので、なるべくそのテイストに合うものをつくっていますね。
いまは自分の方はお休みしていて、"STELLA CIFFON"の方に専念しています。
─音楽的、デザイナー的に、今後の目標はありますか?
目標、、、ないです(笑)。
音楽でもデザインでも、つねにつくっているし、あてがなくてもつくるのが好きなので、つくって出す先があれば出したいし。それが、続けられたらいいと思いますね。「もういい! つくりきった!」とはならないと思います。だってワタシ、すごく影響されやすいですから(笑)。
─つねに流行りをテレビでチェックもされていますもんね(笑)。ちなみにテレビは何をご覧になっているのですか?
ニュース番組が好きなんです。
─ニュース番組がやっていない時間は何を観ているんですか?
「5時は4chです」みたいな感じで、大体番組は決まっていますね(笑)。
あとは、ラジオも聴いていますね。ワタシ、伊集院光がスゴく好きで、TBSラジオの『JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』という番組があるんですけれど、そのストックを何年分も持っているんです!
─えっ!ストックしているんですか(笑)!?
そうです!
最近、ちょっと忙しくて9話くらいたまっているんですけれど、そういうのをまとめて聴いたりしていますね。光が好きなんです(笑)!
─最後に読者の方へお伝えしたいことはありますか?
今回は4つ打ちというビートではありますが、ハウスというより自分のなかの「ポップス」を意識してつくりました。クラブミュージックというなかで、消化されず、末永く聴ける一枚になればと思います。
今後ともワタシと『HAPPY』をよろしくお願いします!
(おわり)

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